【陽より子の誕生秘話 2】

こんにちは、陽より子スタッフの塚本です。

今回も前回に引き続き【陽より子が出来るまで】のお話を3代目の娘さんである

4代目に聞いてきました。 

                             〈2代目と従業員の皆様〉



しいたけ専門店 陽より子(ひよりこ)は今年開店から35年目を迎えます。


改めてここで陽より子が

〈誕生したきっかけ〉〈当時の話〉〈陽より子が目指すもの〉

をお伝え出来たらと思います。


「パート1」では陽より子は株式会社武久の小売店舗であり

株式会社武久は原木栽培椎茸を販売し今年87年になる会社であるとお伝えしました。


そして私はその4代目になります。



ちょうど私が4歳の頃に陽より子は開店しました。

当時、近所の方が

  「椎茸を売って欲しい。」

と事務所にお越しになることが度々あったそうです。


事務所で対応することにも限界があり、3代目である父が小売店舗を作ろうと決め、

親戚の大工の大石さんにお願いしたことがきっかけでお店が建ちます。

米松を200本程使い、釘を1本も使わず作る過程で私もお手伝いをしたことを覚えています。


最初はログハウスとしてひよりこは開店しました。


しばらくして金色でしいたけ村と看板を作りました。


開店当時は私の祖父母の憩いの場だった思い出があります。


大きなマッサージチェアを店内に置き、

学校から帰ると祖母がよくそのマッサージチェアに座っていました。


商品もしいたけだけを中心としていましたが中には思い出の昆布あめも、開店当初からあったように思います。

歯につくもののこれが美味しくて幼い頃はよく食べていました。


そして冷蔵庫にいつも入っていたものは

『ラムネとオロナミンC』

祖母はお客様だけでなく配達の方や業者さんにも

「暑かったね~飲んでいかんね」

 と言っては渡していました。



武久では

【お客様だけでなく、弊社に関わる方全ての方を大事に】

という理念はこの祖母の行動からきているものだと私は思います。



それが祖母から母へと繋がっていきます。

                   それは次回に。

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